4年前の今日、僕がまったく記憶にないものを食べたとグーグル・フォトが教えてくれた。スマホで撮ったらしく位置情報が残っていたので調べてみたら、どうやら麻布十番の近くらしい。
昼の12時ごろにその場所で、何か得体のわからないものを僕は食べ、さらに午後には西府中にいたという(後者は息子の管弦楽部の発表会だった)。
SNSに写真をアップしてそのようなことをつぶやいてみたら、すぐに友人がその場所を探し当ててくれた――その店は麻布十番の「松玄」という店に違いない。
そこのカレーうどんに違いない。
いや、俺、カレーうどんは好きじゃないから食べない。
そう断言したものの、どうしても確かめてみたくて、今日、その「松玄」という店に行ってきた。
現地に近づいてみたら、みるみる記憶がよみがえった。
休日ではなく平日で、仕事の打ち合わせのあとにそこに寄ったこと。誰と一緒で、どんな天気で、そしてほかにどんな客がいたか(木梨憲武さんがいた)。
全部思い出した。
そして僕が食べたのは、カレーうどんだった。残念!
でも、当時注文したものとはちょっと違った。ほら。
チーズが乗っているように見えるのは、気のせいか。
とはいえ、謎が解けてうれしかった。
ひと安心したのもつかの間、新たな疑問が湧いてきた。
脳の仕組みってどうなっているんだろう。
記憶は消去されたわけではなく、4年前の記憶はちゃんと残っていた。上書きされず、人知れず(というが僕が知らないだけで)脳の片隅に残っていた。
記憶が消えることがないとしたら、僕の脳みそにはどんな記憶が、すべてから切り離された状態で残っているんだろう。それを再生する装置がほしい。
記憶が上書きされるとしたら、どんなときに上書きされるのだろうか。同じか似た行為を繰り返したときか。
似た記憶は、脳の近い場所に自然とソートされるのだろうか。あとで取り出しやすいように。近い場所にソートされると、次第にそれがごちゃまぜになることはないのだろうか。
人の記憶は一体、いつぐらいまで残っていてるのだろうか。どの位の時間がたったらぼやけてなくなっていくのだろうか。
スイッチを入れたら、僕は赤ちゃんのころの記憶もひょっとしたら再生できるんだろうか。
自分の脳みそ再生装置がほしい。グーグルさん、頼んだ!



